「生」に執着できる気がしない。
こんにちは、ドル千尋です。
ここのところ一気に暑くなりましたね。
しかし私は、季節の移ろいはグラデーションだと信じているので、上下ヒートテックを着用していたのを上だけにしました。暑いです。
明日からは半そでのヒートテックにしようと思います。
さて、みなさんは「生」に執着しているでしょうか?
いきなりこんなこと言われてもなんのこっちゃという感じでしょうが、何を隠そう私は映画「タイタニック」を観たのです。
この映画をご覧になったことのある方ならもうお察しでしょう。
観たことがない方に、あらすじをお伝えすると、「タイタニック号」は豪華客船にたくさんの乗員乗客を乗せ、出航するのですが、道中大きな氷山に接触し船は損傷。そこから海水が流れ込み徐々に沈没していきます。その際、救命ボートの数が圧倒的に足りず我先にと乗り込もうとし、船上は大混乱に。最後には船は真っ二つに折れてしまい、多くの乗員乗客が極寒の海に投げ出されてしまい、亡くなってしまう。
といった感じの物語です。
今回の記事に関係のある個所のあらすじなので、本来はもっと人間模様や主人公とヒロインの心情の変化、かっこよすぎるレオナルド・ディカプリオなど数々の見どころがありますので、気になる方は観てみてください。
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さて、ここからが本題なのですが、自分は、船が沈没しかけていて救命ボートに人が殺到している。順番的に乗れなさそう。
となった時に必死に生きることを選べるのだろか。。。?
ということが気になりました。
この作品中にも沈んでいくのをベッドでただ待つ老夫婦が描かれていました。
私はどちらかというとそういう感じで「生」に縋りつくことをしなくなってしまうのかな、と思うのですが、どうなんでしょう。
そこまで生命の危機に長時間晒されたことが今までないので、そう思ってしまうだけでしょうか。
本当にそんな場面に遭遇したら「死」を受け入れられないものなのでしょうか。
まあ、こんな安全なところでいくら考えても答えは出ないのですが。
子どもがいる、とか守らなければならないものがある、とかでも答えは変わってくるかもしれないですね。
なにか必死で守り抜きたいと思えるものを探しておきます。
それでは、また。さようなら。